OUTBREED

日夏の名古屋を中心にしたごく個人的な音楽・演劇メモです。 最近はほぼtwitter(@outbreed_t)でつぶやいてます。

Psycho le Cemu Tour 2006 「〜最終話〜また逢えるその日まで・・・」 ダイアモンドホール

私にとってのPsycho le Cemuは今日が最後でした。
楽しかったことや腹が立ったことや、いろんなことのあったバンドでした。


映像とリアルを上手く混ぜた構成で一人ずつがステージに登場するスタート。…映像で出るたびになぜか笑われるLidaが不憫…わはは(←笑われる光景を見てさらに笑ってしまうのよ。どんだけ可哀想なんだ、Lidaさん)
DAISHIが登場した時の歓声は本当に凄かった。
これを聴いてDAISHIに対してじゃなく、一途なファンの子たちに涙が出そうになりました。
こんなね、ソールドアウトした会場一杯の耳が痛くなるほどの大歓声をステージ中央で浴びて、これでもしもまた何かやったら、もう人間お終いですよ。
DAISHIはこの声をちゃんと受けてめてるかな…。
5人が揃ってエクスカリバーを抜き、1曲目は当然「聖〜excalibur〜剣」からハードチューンが続きました。
今までだったらDAISHIが笑顔全開で客を煽って飛ばすのに、そうしたアクションは控えめというか押さえ気味。表情や動きの固さや緊張感も感じられて、やっぱりもう私が好きだったPsycho le Cemuのライブは戻ってこないんだなと思わずにはいられませんでした。
でも好きだった曲1つ1つにいろいろと思い出します。
「LAST EMOTION」で死にかけたり、「Murderer-Death-Kill」で死にかけたり、「聖剣」で死にかけたり…。*1
「MEGATRON(UPPER ver)」の振りが最後まで怪しかったり、「激愛メリーゴーランド」の振りが最後まで怪しかったり、「夢風車」は振り自体ワカランかったり。
…ダメ思い出終了。


アンコール2に入ってようやくMCらしいMC。
DAISHIの謝罪&下ネタ(笑)。けじめはもちろん大事だけど、最後の最後で彼らしいとこが見られてホッとしました。しかし30代の下ネタは生々しくてイヤね(笑)。Psycho le Cemu結成に至る思い出も語ってました。
各メンバーからも無期限活動休止に対する挨拶がありました。
LidaのMC中に、前の方で倒れた子がいたらしく、DAISHIが「LidaのMCで気分が悪くなったんちゃう?」と言ったら客席から「謝ってあげてー」の声にみんな爆笑。律儀に
「どうもスミマセンでした…」
と謝るLida。それに合わせてライトを絞った照明さん、ナイス!(笑)。つくづくオイシイというか、イジられてなんぼの人ですねえ…。


最後の曲は「REMEMBRANCE」。
そして最後の映像は結成からの年表と懐かしい衣装のメンバーたちのフォト。
私が初めてPsycho le Cemuを観たのは2001年の1月6日ダイアモンドホールでのNEW FLAVORでした。私にとってはつい最近のことのようですが、年表では結構最初の頃になります。
出演はdeadman(OAでこの日が初ライブだったはず)、Lady、OZWORLD、Psycho le Cemu、第14帝國、Dear Loving*2という面子。
メンバーたちが名古屋、ダイホに思い入れがあるのはこのイベント辺りからブレイクしていったことが大きいせいだと思います。
小さなライブハウスから大きなライブハウスへ、インディーズからメジャーへと大きくなっていく様を目の当たりにした初めてのバンドでした。期待も挫折も味合わせてくれました。本当に楽しいライブとメンバーが好きでした。
ツアータイトル通り、元気なメンバーにまたライブで逢えることを祈ります。


年表の最後の行は今日、2006年5月2日 ダイアモンドホール
あと3行を付け足してこの年表は終わります。

*1:前2曲は逆ダイで、後1曲は思いっきり肘打ち

*2:今となってはウソみたいですがディアラビがトリだったんです。今年結成12周年、メンバーチェンジも(知る限りでは)無いし、ある意味恐ろしいバンドです。